私は天使なんかじゃない







日常





  営まれる日々。
  繰り返される日常。

  しかし気付かないだけだ。
  非日常が常に隣にあるということを。





  「イグアナの角切りステーキお待ちどーさまっ!」
  銀髪の、シルバーという名の女性の声が店に響く。
  時刻は昼頃だ。
  メガトン一の繁昌を見せるゴブ&ノヴァの店(飲食店がそもそも二軒しかないからだが)。
  戦前とは違い酒を飲むのにルールやモラルなどない。朝酒昼酒何でもござれだ。
  昔はモリアティという奴が仕切ってた酒場らしいが、俺がこの街に来た時には既に今のオーナーだった。客曰く、前より活気がある店になった、らしい。
  どうやら故モリアティ氏は疎まれていたようだ。
  俺は、ブッチ・デロリアは壁に背を預けて店の様子を見ていた。
  いやいや。
  睨みを利かせていると言った方がいいな。
  現在俺はここに住んでる。
  二階の部屋を間借りしてる。ちゃんと金は払ってる。ここで雑用してるトロイと一緒に同じ部屋で住んでる。
  俺の服装はトンネルスネークの皮ジャン。トンネルスネーク最強ーっ!
  その下には防弾チョッキを仕込んだバラモンスキンの服、ジーパン、腕にはアマタiに新しく支給して貰ったPIPBOY。腰のホルスターには9oピストルが2丁。優等生の44マグナムに比べたら
  豆鉄砲だが銃は銃だ、人間相手ならこれで充分だ。稼いだ金でカスタマイズしたから装弾数が20発。2丁だから40発。この弾幕は人間相手にはきついだろうぜ。
  ……。
  ……ま、まあ、優等生は除くがな。
  あいつは規格外だぜ(汗)
  カウンターに置いてあるラジオのスイッチをゴブが客に言われてつける。
  途端に陽気な声が響き渡る。
  大音量過ぎて客が一斉にカウンターを見る。
  ゴブが慌ててボリュームを落とした。
  客達は再び仲間内のお喋りに戻る。

  『……というわけだ。水の運搬に関しては困難続きのようだが、リスナーの諸君、性急に不満をぶちまけるんじゃないぜ? 少なくとも、前と比べたら格段の進歩なんだからなっ!』
  『それと続報だ。最近妙な疫病が流行っているらしい。それぞれの街の医者が調べているんだが原因不明だ。致死率がかなり高いようだ。一体何が起きてるんだ?』
  『こちらはキャピタル・ウェイストランド解放ラジオ、ギャラクシーニュースラジオだ。どんな辛い真実でも君にお伝えするぜ?』
  『さてここで音楽を……ははは、嘘だっ! リスナーの諸君のお待ちかね、スティッキーの小説コーナーだ。よろしく頼むぜ、スティッキー』
  『いえーいっ! 分かったぜ、スリードッグっ! 今回は外法使い銀色とフィッツガルド・エメラルダの最終決戦の話だぜーっ!』

  こいつを待ってたんだ、とラジオをつけるように言った客は酒を煽った。
  最近は冒険野郎の物語よりも好評らしい。
  冒険野郎が誰かは知らないけどよ。
  這い出してきたばっかりだし。
  用心棒をしながらこうやって会話に耳を傾けるのはなかなか楽しい。
  特に店と雇用契約を結んだわけではないが小遣い稼ぎの為にこうやって用心棒をしている。今のところ客は全員お利口さんだ。たまにオーナーの1人であるノヴァさんに絡む客がいるが、
  ノヴァさんはそれを巧みに流している。彼女の腕にはPIPBOY。前に俺がしてた奴だ。まあ、何だ、色々して貰ったからお礼にあげたんだ、うん。
  カウンター席ではもう1人のオーナーのゴブが常連と話している。
  常連、ケリィとかいうおっさんだ。
  ジェファーソン記念館前で俺と優等生を助けてくれた奴だ。見覚えは全くないのだが、俺たちと同じボルト101出身の、脱走者らしい。何度か酒飲んだりは話したりしたがかなりエロいおっさんだ。
  メタボだしな。
  ただ、メタボの下には筋肉があるような気もする。
  少なくとも腕は立つ。
  じゃなきゃ俺たちが記念館を出た時にテスラとかいう名の鎧を着た中ボスの死体を前にして出迎えれないわけだしな。
  「ふぅ」
  軽くため息。
  背を壁に預けているとはいえなかなか疲れる、神経も研ぎ澄ましているしな。
  客に見えるように9oを見せているから、まあ、やんちゃする奴はいないだろ。とはいえ完全にいないというわけではない。俺が穴蔵から這い出してくる前までは特に暴れる奴もいなかったらしい。
  ただ優等生がこの地を救って以来、街道の行き気が楽になった。で世間知らずで礼儀知らずな馬鹿どもも容易にやって来れるようになったってわけだ。
  そいつらの対処法?
  ぶっ飛ばす。
  それだけ。
  その後は店の外に突き飛ばす。当然お代を懐から回収した後でな。後は市長のルーカス・シムズとか眼帯のクールな奴ビリー・クリールが手下に命じてそいつらをどこかに連れて行く。
  それでお終いだ。どこかは知らん。
  礼儀知らずの客はぼこぼこの顔になってまた顔を会すこともあるし、街から消えてる奴もいる。そのあたりは俺様の知ったことではないがな。
  だが今日のところは特に支障はなさそうだ。

  「知ってるか? 最近ウルトラスーパーマーケットにメトロの奴が来てるらしいぞ」
  「マジか。穴蔵の奴らが地上に何の用だ?」
  「さあな。色々と良くなってきてるが、色々と厄介な展開も出始めてるよな、最近」
  「確かになぁ」

  客の会話に耳を澄ます。
  情報収集はロープレの鉄則だ。
  優等生の活躍でかなりこの地は変わって来ているらしい。俺が穴蔵から這い出してきた時にはもう変わり始めてた。前にゴブに聞いたら、もう少し前の状況だとすぐに頭に穴が開くのが
  お約束の街だったらしいからな。あいつってもしかして伝説になってるんじゃ……くそ、伝説のギャングスタになって見返してやらんとな。
  トンネルスネーク最強っ!

  「そこの嬢ちゃん、ミレルーク・シチューはあるかい?」
  「ミレルーク・シチュー? 何ですか、それ」

  シルバーと客の会話。
  何だそのシチュー?
  メニューにはないのは知ってる、ミレルークも知ってる、見たことはないがカニ人間らしい。
  リスのシチューは飲んだことがあるがありゃまずかった。
  世界がこんな状況だからまともな乳製品がないのは分かるが、あれは最悪だったぜ。あとは、まあ、食える。バラモンステーキのガーリックソースなんかは最高だ。
  ……。
  ……果たして、ガーリックが、戦前の物と同じかは知らんがな。
  最近の俺の日常は、いつもこんな感じだ。
  用心棒して、賄い食って、金貯めて、用心棒して。
  もちろん部屋代は払ってる。
  飯代はサービスしてもらってるけどな。
  早いとこ金貯めてギャング団作りたいぜ。
  客はぼちぼちと帰り支度を始めている。
  午後の部の仕事ってわけだ。
  メガトンの街は旅人の中継点として機能している街。特に観光があるわけでもないし畜産も……まあ、自給自足程度もやっている、そんな感じの街。街を維持したり発展させるためにこの街は
  旅人やキャラバンの補給基地という位置付けだ。大抵の住人はそういう仕事に就いている。あとは水道施設のメンテ、街道の兵士、保安官助手とか施設の保守や治安系の仕事だ。
  水の補給地点としての機能も大だな。
  優等生の親父さんがキャピタル・ウェイストランドにあるダイタルベイスンの水を浄化した。というか絶賛浄化中だ。でそれをリベットシティが運搬しているわけだが全土には全く届いていない。
  メガトンに関しては全く来てない。初日だけだ。アクア・ビューラっていう銘柄の水なんだが、口当たりは良くて、美味い。
  本当にただの水かよっ!というぐらいに美味い。
  だけどここには届かない。
  何でだかは知らない。そしてそれはメガトンだけの問題ではない。だからどの街も以前と同じように自前の給水施設を運用している。
  前にここで市長のルーカス・シムズが他の街の指導者と一緒に会食した時の話なんだが、その時市長はリベットは水を政治に利用してる、わざと供給を操作している、とかぼやいてたな。
  ちっ。胸糞悪いこと思い出したぜ。
  優等生や親父さんの努力の結晶を政治だと?
  ふざけやがって。
  今優等生がここにいないのが幸いだな。あいつはポイントルックアウトだかに行ってる。もっとも優等生は騙されてるだと思うけどな。鉄の船が水に浮かぶわけねぇっ!
  ともかく。
  ともかくだ、優等生はここにはいない。ルーカス・シムズや他の連中は、ミスティがいない内に全部片付けようとしている。帰る前にだ。それは俺も同じ気持ちだ。水でごたついてるなんて
  あいつに知られたら、あいつが一番悲しむからな。
  厄介なのはそれ以上に問題があるってことだ。
  スーパーミュータントは赤い奴がレッドアーミーと呼ばれる組織に再編成して各地を荒らしてるし、運搬中の水を狙って悪党どもも動いてる、厄介は山積だ。
  「ハイ、ブッチ」
  「ノヴァさん」
  彼女は微笑む。
  客の大半は帰り、残りも帰り支度だ。いつの間にかカウンター席でケリィのおっさんは突っ伏して寝ている。
  「休憩よ」
  「ああ。分かったぜ」
  お昼はどうする、と聞かれたので後でと答えた。
  ちょっと野暮用だ。
  クレーターサイド雑貨店に行かなきゃな。
  入荷具合が気になる。
  「トロイ、掃除頼むな」
  「はい。兄貴」
  モップを持ったトロイが頷く。
  前歴は知らん。
  エンクレイブ絡みでレイブンロックに行く際に拾った奴だ。
  今じゃこの店で雑用して暮らしてる。
  俺は店を出た。



  メガトン。
  かつては核爆弾が街の中心にあったらしい。今はないけどな。で核爆弾を崇める教団もあったようだが、ご神体の核爆弾が撤去された(エンクレイブに強奪され、レイブンロックで爆発した)から
  その教団は権威が失墜して解体、今じゃ建物が残ってるだけだ。信者もご神体がなければ教団に居残る理由がないから普通に生きてるし。
  教祖だったクロムウェル贖罪神父は今じゃ酒場で一日の大半を費やしてる。
  「高いよなぁ」
  メガトンは縦に長い街だ。
  一層目と二層目がある。
  ゴブとノヴァさんの酒場は二層目だ。俺は落下防止用の柵から下を見下ろす。前にモリアティという奴が落下死したから策は新品だ。何でも腐食した柵のせいで死んだらしい。
  ワイルドな死に方だぜ。
  この街が縦に長いのには理由がある。
  周囲が強固な壁で覆われているからだ。レイダー避けというのか野生動物避けというのかは知らんが強固な防御力だ。
  多分最初に街を作った連中はここまで栄えるとは思わなかったんだろうな。
  壁は安全の面から撤去できない、拡張するにも資材が足りない。例え資材があってもすぐには拡張できんからな、建設には時間がかかる。拡張中は無防備だ。少なくとも今は人的にもそこ
  まで避けない、余裕がないのだろう。だから街は縦に縦に伸びるしかないってわけだ。まあ、この街がさらに栄えるには壁がネックだな。
  「入荷してるかな」
  呟いて歩き始める。
  入荷、まあ、何だ、女物の服が欲しいんだ、俺は。
  ……。
  ……女装癖はないぞ?
  ないんだからなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  女物の服、お袋にだ。
  もうじきお袋の誕生日だ。もちろんお袋は外にはいない、まだホルト101の中だ。優等生の後に外で暮らしてるのは俺だけだ。
  他の連中は居残った。
  反乱してまで外に行きたがってた連中は全員ただのへたれだったってわけだ。
  俺様以外はな。
  ただ、エンクレイブ襲来で、メガトンの連中を優等生の指示でボルト101に逃がしてから多少風向きは変わってきた。アマタもその避難を一時的に、という前提を付けたけど初交流だ。
  その結果、週に何度かメガトンに使節が送られてきてる。
  より純粋に言えばキャラバンだな。
  交易に何人か来てる。
  大体ボルトが持ってくるのは医療品だ。今の外の世界じゃスカベンジングしたら手に入るが、作れないからな。ボルトでは作れる、そういう意味ではかなり強い商品になるだろう。
  俺は帰郷が許されてないし、まあ、出る際に戻れないと思えと言われてるから別にいいんだけどよ。とりあえず戻れない。
  だから使節の連中に言伝して持って行ってもらわんとな。
  最終的に帰郷が出来るようになるにはまだまだ先だろう。外との折り合いはすぐには尽きそうもない。

  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!

  「……っ!」
  思わずびくつく。
  突然背後から爆音がしたからだ。
  振り返る。
  「な、なんだぁ?」
  白いコンバットアーマーを着たおっさんがそこの場にへばっていた。
  背にはアサルトライフルを担ぎ、腰には10oピストル、ナイフ、そして本体はおっさんだ。
  「お、おい」
  「……」
  返事はない。
  屍か?
  いや息はあるか。
  しかしこいつまさか上から降ってきたのか?
  親方空から女の子が状態なのか、いや、こいつはむさくるしいおっさんだけどよ、そもそも親方って誰だ?駄目だ、テンパってる。
  メガトンは一層目と二層目がある。
  ここは二層目だ。三層目はまだない。となるとこいつ空から降ってきたのか?
  いやいやいやっ!
  ありえんか。
  「大丈夫か、おい」
  「……う……」
  「意識はあるのか。何か喋れ、医者に連れてってやるけどよ、意識あった方がいいだろ、そうだ俺はブッチだ、あんたは?」
  「……ベンジャミン・モントゴメリー軍曹だ……」